第21回  「記念の桜(その1)」
  
 開校して3年目、現在の小学校校舎が新築された年の夏休み中のこと、1974年8月20日(火)、当時6年生であった村岡明(あきら) 君が、学校の近くにあるロェーリックの屋外プールで溺死しているのが発見されました。同月保護者の村岡茂夫様から、明君へのお香典を日本人学校、ケルン聖園(みその)、デュッセルドルフ聖園に夫々同額を御寄附戴きました。学校ではその御
寄付 922マルクで校舎の周囲と校門から校庭にかけて3種類、47本の桜を植えました。(かんざん<日本なでしこ櫻>25本、天の川7本、しだれ桜15本。)植樹は時期を考えて1975年1月に実施。
 「村岡明君記念植樹」の木製の記念碑は1997年9月には撮影されていましたが、その後碑は行方不明に。尚大きくなった40年後の桜の一部は現在も校門のすぐ側で見られます。