第20回  「図書室と蔵書」
 図書室が現在の場所、即ち以前職員室であった大きな部屋が図書室になったのは、1993年5月に新校舎が完成し、職員室が新校舎の現在の場所に移り、以前の職員室や会議室、校長室、事務長室、コピー室が空いたためそれらの部屋を図書室と書庫に充てたからです。絨毯敷きの暖かい広い部屋で、角の丸い安全で高級な机と椅子の十分に提供された気持ち良い雰囲気の中で、2000年4月に採用された専門の司書教諭、関岡朋子先生の行き届いた作業と、熱心な授業やアドヴァイスの下、本校の児童・生徒の読書欲は大いに高まっています。
図書室は1993年に現在の場所に落ち着くまで随分あちこち移りました。生徒数が増える度に教室を
工面しなければならず、それに伴って図書室も動いたのです。最初に「図書室」という名前が出来たのは多分新しい校舎(現在の旧校舎)が出来た1973年か74年頃でした。ただ当時の書籍数はそんなに多くはなかったので、「視聴覚室」(現在の旧校舎の第1コンピューター室)の一部を図書コーナーに充ててそこに書架を並べました。暫くして生徒増のため視聴覚室を普通教室に充てる事になったため、図書室は当時の会議室(現在の大きい書庫)に間借りをしました。
更に当時音楽室の隣室が「特別室」と呼ばれその一部が図書室に充てられました。週日の夕方、図書室の奥の片隅が当時の「日本語教室」(現在の補習校)に充てられた時期でもありました。その後図書室はこの「特別室」と上述の「視聴覚室」を1985年まで往来しました。その間中学部が1983年夏にランカー校舎に移転した際、中学校の図書も一緒にランカー校舎に移ったので小学部の図書量も少しは減りましたが、1992年まで上記の「特別室」に固定され、最初に書いた様に1993年5月に元の職員室に漸く最後の場所を見出したのでした。(当時の図書担当は柴井洋子先生でした。) 


 「とても読書が好きなデュッセルドルフ日本人学校の子供たち」
(写真:2006年4月撮影)

  
「図書委員会も活発に活動しています。」(写真:2006年4月撮影)