第19回  「3階小ホールとスタインウエイ グランドピアノ」
 1992年の新校舎増築の際、3階に小ホール (舞台と舞台裏を含めず202m2〜240m2) を設計したのは長年に亘り然るべき集会場を必要としていたからです。当時体育館は週日満杯のため(小学部18学級x体育1学級週3時間=週54時間、中学部はランカー校舎借用)、雨天時など特に低学年児童が自由に転げ回って遊んだり、室内遊戯の出来る広い部屋が望まれていた事、或いは学年全員 (120名前後) 収容可能な部屋、保護者が集会できる部屋、小中規模の催し物や舞台発表の出来る部屋、等の要望を一挙に解決するための決断でした。因みに東側の舞台裏壁からトイレ前のドアまでの全面積は387m2で、座席椅子は242〜280設置可能。尤もカーペット敷きで天井がそれほど高くないこの小ホールは、音響効果の点から本来演奏会用に作られたものでない事は分っていましたが、横幅9mx奥行き6m(衝立まで)x高さ75cmの舞台が常設され、電動式開閉緞帳(どんちょう)や小規模の照明設備も設置される事になったので、折角の施設を活かす為にもグランドピアノを舞台上に常設しておく事になりました。

 そこで1993年5月開催の理事会に、カワイ楽器ドイツ社からフルコンサートグランドピアノ(276cm)の、またレーボックピアノ社からはスタインウエイ&サンズ社製フルコン(D型274cm)のワンランク下のC型(227cm) の、夫々非常に便宜の図られたオッファーが相見積り価格として提示されました。審議の結果カワイ楽器からは既に各教室用の多数のアップライトピアノや小中の音楽室に同社のグランドピアノを購入している事もあり (「JISDの宝」第17回「33台のピアノ」を参照)、この度は折角の機会なのでドイツ製のピアノを購入する事にしました。こうして「雷鳴からナイチンゲールの歌声まで」と言われる幅広い表現と豊かな音量、艶(つや)やかな音色を生む、名器スタインウエイのグランドピアノC型が同年6月に納入されました。価格はレーボック社の安田昌弘氏(当時)のご便宜もあり8万6千マルク(現在なら4万3千ユーロ、約600万円)で、校内にある教育用単体設備としては最高額かもしれません。普通の学校なら(私立校でも)先ずは望めない理事会の価値認識と有難い決定でした。

 このピアノのいわば公的な弾き初め式が「日本週間」の一環で1993年10月5日に父母会主催 (三重野昌子委員長) で体育館で行なわれました。演奏者は本校校歌作曲者の杉谷昭子(すぎたにしょうこ)さん(「JISDの宝」第2回「校歌」)で、入場券売上げの6.100マルク(3.050ユーロ)はこのグランドピアノ購入費の一部にと、全額学校に寄付されて稲川照芳総領事、河島彦明理事長、松田紀文校長を初め多くの方々に感銘を与えました。
それから凡そ8ヵ月後の1994年5月末、デュッセルドルフ市で第1回クララ・シューマン国際ピアノコンクールが開かれ、偶々その審査員をしていたマルタ・アルゲリッチさん、ネルソン・フレイレさん、杉谷昭子さんが自分達の練習の場所を照会して来られ、5月28日(土)から30日(月)の3日間、小ホールと旧校舎の音楽室で練習されたのでした。「世界のピアノの女王」が3日間も来校されスタインウエイで練習して戴けたのは大変嬉しい名誉な事でした。

(左から杉谷昭子さん、ネルソン・フレイレさん、マルタ・アルゲリッチさん、岡田裕事務局長)。

アルゲリッチさんの自筆メッセージ