第10回 タータン舗装グランド 後編

2004年6月 学校南側より撮影
(写真左奥の角には日本クラブから寄贈された記念樹木あり。
 右側の灰色の建物は背後の新興住宅街のガレージの壁面)

 (前編より続く)
 その後1984年になって当時のマイヴェーク助役を通して、グランドの北側の藪(やぶ)地に予定されていた日本人幼稚園の場所が変更された事により2293m2の敷地が市から無料で提供される事になりました。これを機にフィールド部(2882m2),トラック部(1155m2), 拡張敷地部(2293m2) の計6.330m2を全てタータン舗装する事になり、ノイシュポルト社が請け負って54万マルク(当時のレートで約4500万円)をかけて第2回改修工事が行われました。工事は夏休み開始後の1984年7月16日に開始されて順調に進みほぼ終わりかけた頃、グランド北側の新興住宅に住むドイツ人から突然赤いタータンが敷地一杯に敷設されるのは景観上、精神上妨げられるので緑地帯を作って欲しい、というクレームが付けられました。弁護士を通して市や当人と交渉しましたが「環境保護」の動きが強くなり始めていた事もあり相手の言い分が通り、学校側は敷設したタータン部の約180m2(3m幅x60m) を削り取ってそこに樹木を植える事になりました。この緑地帯設置にあっては北側左の角の所で、この年(1984年)創立20周年を迎えた日本クラブから寄贈を受けた樹木(5500マルク)の記念植樹が12月19日に行われました。
 この後1992年から93年にかけて行われた第3回校舎増・新築工事(現在の職員室などのある建物)に当り、グランドの南側の一部削除による縮小(約50m2。これでグランド自体の全面積は約6100m2になりました。)や新築工事によるグランドの破損、汚れのためノイシュポルト社により12万4千マルク(当時約870万円)をかけて(表面部)改修工事を実施。また1995年の夏休みには創立25周年を記念して6100m2全面の(表面部)改修工事を上記社が13万マルク(当時約845万円)で実施。この後の全面改修はなく近年は破損部の部分改修が行われています。
 1980年夏の大改修工事の頃の写真(前編に掲載)を見ますと体育館とグランドの斜面にはコンクリートの観覧席や、グランドの南側には現在の「新校舎」が未だ存在していない事、未だ存在していない事が分ります。観覧席設置は1981年8月。


1980年8月、緑色のラバー粒子を吹き付けている向う側(北側)は
当時まだ藪(やぶ)地であった事が分ります(現在は住宅地とガレージ)


1980年8月18日の使い初め。
皆ハダシになって大喜びで改修になったタータングランドの感触を楽しみました。