第7回 旧校舎1階にある学校名と校歌の書

加藤惶雪氏作 デュッセルドルフ日本人学校 学校名

 旧校舎の中央入り口を入ると正面の壁に生き生きした書道筆跡の、縦長の本校学校名の額と校歌の歌詞(1,2番)が目に飛び込んできます。これは1989年11月9日、当時ケルン日本文化会館館長をしていらした指揮者の大町陽一郎氏のご案内で永六輔(えい ろくすけ)氏と書道家の加藤惶雪氏、柳沢章雅氏が来校された時に生じたハプニングによるものです。
 この時永さんの発案で小学校体育館に集まった小学生達(中学生は当時ランカー校舎におり、そこの体育館に集まった中学生達は永さんから手話を習いました)が全員で校歌を歌うのに合わせて加藤氏が床の上で一番二番を一気に書き上げる、という面白い試みがなされ、その時の生き生きした作品がそのまま額に入れられたものです。またその時校歌の三番の代わりに学校名も一気呵成に書き上げられました。


加藤惶雪氏作 デュッセルドルフ日本人学校 校歌