第2回 デュッセルドルフ日本人学校 校歌

 197212月に発表された要項では、歌詞は3番までで明るく健康的で希望に燃えたリズミカルな口語定型詩、曲は明るくリズミカルで児童生徒に親しみ易いもの、メロディだけでも可、応募作品は一部修正される事がある等が条件であった。また歌詞、曲ともに応募作品は名前を伏せて記号処理をして審査に際しての公平を期した。

 歌詞では締切りの73年2月末までに寄せられた作品中には入選該当作がなく、同年5月末締切りの第2回公募から選ばれたのが中村瑞枝氏の作品で、一番から三番まで日独の天地人を踏まえ、かつ父なるライン河を背景に希望と清心、大願と雄魂、明朗と自由を詠った優れた内容を備えている。原作は作者の承諾を得て一部修正され1973年6月に入選作として発表された。

 歌詞決定後の作曲募集は夏休み後の8月末となり締切りは10月末。歌詞が決まっていてメロディをつけるだけでも良い事、或いは校歌制定に関する関心が高まってきたのか日本からの応募を含む19編が寄せられた。こうして校歌募集開始以来丁度1年目の197312月に杉谷昭子氏の作品が入選作として発表された。作曲者としては二重唱或いは二部合唱で歌えるように作ったという。

 校歌発表会は1974年2月1日に作詞者と作曲者を迎えて新校舎の体育館で行われた。